"かばた考"では、川俣地区をいろんな角度から幅広く眺めてみる予定です。そのことで自分たちの地域に対する理解が深まり再認識出来れば良いと思っています。また、そこから私たちの地域が抱えている諸問題が見つかれば、それらを解決し"これからの川俣地区"を良くしていくためのヒントを探し出せないかとも思います。

デアイ? かばた考1

デアイ?コウギ?

私たちの地区では、毎年数回集まって共同で道路の清掃作業などをしています。この共同作業を私たちは「デアイ」とか「コウギ」とか呼んでいます。その表記はよく分かりません。また、この二つのコトバの明確な定義も分かりません。ただ、昔から使われていたコトバが、今もなお使われているのだと思います。おそらくはその内容も時間と共に変容していることでしょう。昔と言ってもどれくらい昔なのか?江戸時代までは古文書が残っているので辿れそうですが…。現在の国道166号線とほぼ重なるように"和歌山街道"が走っていましたが、この街道は、庶民がお伊勢参りなどに使うだけでなく、紀州徳川家の参勤交代の道でもありました。飯高地区には、東から"滝野宿"・"七日市宿"・"波瀬宿"があり、それぞれに"本陣"・"脇本陣"が置かれていましたが、到底、数百人と思われる大名行列一行を泊めることは出来なかったはずで、その宿の手配から食事の準備、道普請などに街道沿いの庶民たちが狩り出されたものと思われます。そういう当時の事情を考えると、「コウギ」は「公儀」から来ているのかもしれません。また、各村々が共有財産として持っている山林管理の共同作業のことを、古くから「デアイ」と呼んでいたようですが、その表記は、この場合にも分かりません。同様の状況は日本各地にもあるはずで、それらを比べてみるのも興味深いと思います。さて、現在は、葬儀の際の準備や災害復旧支援の場合などは「コウギ」というコトバが使われ、「デアイ」というコトバが使われることはありません。草刈り・神社や寺掃除・祭りの準備などの場合は、どちらも使うようです。

国道沿いの清掃作業の様子。秋の"山道造り"のデアイの際、高齢者や女性の方々にお願いしています。  川俣地区七日市区

高齢化・人口減少による担い手不足

年に数回行う清掃作業も、各地区の事情でさまざまです。川俣地区には5つの区がありますが、本来年に3回行っているこの活動も1回しか実施出来ない地区もあります。飯高町全域でみれば、全く実施していない地区もあるようです。いずれも、地域住民の減少と高齢化が原因なのですが、この傾向は今後ますます増えていくだろうと予想されます。国道の清掃活動には、行政の方から助成金が出ているのですがそれも減額され、刈払機の燃料代や備品等が各組の自己負担になろうとしています。また、全く実施していない地区では、委託業者が行っているようです。私たちの殆どは、地元の神社の氏子であり、同時にいずれかのお寺の檀家なので、それぞれの祭礼やお盆前などは、草刈り等の清掃や準備に追われます。この場合も事情は同様で、「デアイ」に参加する人たちの負担は年々重くなっています。みんな日頃から自分の家の周囲はキレイに手入れしているのですが(これは飯高町全体に言えることです)、空き地や道沿い・川べりまではとても手が回らない、かといって自分たちの地域は出来るだけキレイにしておきたい、そういうジレンマにはまって頭を抱えています。川俣地区は5つの区から構成されています。例えば、そのうちの一つ七日市区は、また4つの組から成り立っています。それぞれの組は、また上下(カミシモ)2つに分かれているので、七日市区は8つの組から成立していることになります。それぞれの組には自治会長(もしくは班長)がおかれていて、その上に区長・副区長・会計・書記の四役がおかれています。この人たちによって自治会が運営され、役員会議によって、いろんな事が決定され、実施されていきます。ある時、その一つの組から切実な報告が上がりました。「ウチの組には9世帯あるが、80歳以上の世帯、病弱な世帯、普段は留守にしている世帯などで、実質動けるのは2世帯だけ」というもので、現状からいろんな役を単独で引き受けるのは厳しいという訴えです。以上のことは、おそらく日本全国の過疎化地域に共通の差し迫った課題だと思われます。

農道整備 刈払機の轟音が辺りに響き渡ります

林道整備 落ち葉が大変ですが、持ち帰って腐葉土として活用しています

みんなの意識の変化?

「ゴメン、来週のデアイ、ちょっと用事があって出られへんのやわ」「スミマセン、今度のデアイ、出かける所があるんで参加出来ません。よろしくお願いします」現代人は忙しい。皮肉ではありません。実際数十年前と比べてみんなはるかに忙しいのです。その昔、人びとは家業だけで生計を立てていました。それは田畑であり、茶やタバコの栽培であり、養蚕であり、山の仕事であったのです。そのために"水の管理をしなければ行けない""林道の整備をしなければいけない""草刈りをしなければいけない"…。それらの"デアイ"は、すべて自分たちの生活と密接につながっていました。ところが、時代の変化と共に、その作業の切実さも必要性も薄らいできました。「どうしてもしなければいけないコト」から「ま、無理してせんでもええコト」に変わったのかもしれません。そこには、"昔から続けてきた慣習"と"現在のこの地区の現状"との間のズレがあるのかもしれません。都市部では、元々なかったのか、無くしてしまったのか、「デアイ」とか「コウギ」と呼ばれる共同作業はありません。戦後人びとの意識は大きく変わりました。村社会は、封建的・閉鎖的・不合理であると否定的に語られることが多くなり、「家や地域」よりも「個人」を優先する考え方が広まりました。そのため、村社会が持つ親密な繋がりも、時に疎ましく、煩わしいものと感じる人たちも増えてきました。大都会では、隣人の顔も名前も知らないというのは決して珍しいことではありません。私たちにも、同じような意識が、同じような考え方が、都会人のソレまでではないにしろ、確かにあるように感じます。ただ、昔と比べてその重要性は小さくなったとしても、みんなで集まって一緒に何かをするというのは、休憩時間の世間話も含めて楽しくて、充実したひとときです。ところで最近「田舎暮らしがしたい」と思っている人が増えているそうです。それも、都市部の若い人たちに顕著な傾向だそうです。若者たちは「田舎暮らし」にどんなイメージを持っているのでしょうか?「田舎暮らし」に何を求めているのでしょうか?それは必ずしも「豊かな自然に憧れて」という動機だけではないような気がします。

女性たちならではの発想?集会所の隣にみんなで花を植えている様子