かばたの人びと

​トウモロコシはそろそろ食べ頃ですか?

​午前5時。愛子さんの朝は早い。おはよう!今日も元気なあなたに会えましたね。高鉢山から聞こえてきます。

お二人にお会いしたのは、あじさいの花の季節でした。

まあ、あがってんか。待っとってんわ。と快く迎えてくれました。

川俣地区の今年の(2018年)の世帯数は513、人口は男性が492人、女性が528人です。その内、90歳以上の方が男性12人、女性32人の44人です。

今回紹介させていただくのは、宮本在住の恭也さん94歳、愛子さん88歳の中村ご夫妻です。

”両親は、スーパーじいちゃんばあちゃんやよ”と、」家族が目を細めて日々の生活を話されるのをよくお聞きします。

健康寿命100歳計画と最近よく耳にする言葉ですが、お話を伺っていますとまさにずーと以前からおふたりは、

元気で楽しい老後を目標として努力されてきたのではないかと感じました。

一日一日を”明日は何をしょうかなあー”と活き活き過ごされているおふたりをほんの少し紹介させていただきます。

​恭也さん、農業への情熱は何なんでしょうか?

​田んぼは1町ぐらいあるんやわ。川辺田でお米を作り続けて70年以上に

なるかなあ。機会を使うのは男の仕事やと思ってずーとやってきたよ。

汗びっしょりになっても予定通りにやる。途中で止めることはないわな。

今では業者さんに田植え、稲刈りはしてもらうけど日々の管理はほとんどやっとります。時々、孫が来てくれて手伝ってくれるんやわ。デアイの作業のときは必ず孫が出てくれますわ。それと毎年届ける名古屋のお得意様が、うちのお米は”美味しい”と言ってくれるんやわ。そりゃうれしいわなあー。草刈りしてても頑張れるよ。うちの田には豊年エビが生息しとって、そのおかげなんかねえ。毎年たくさん収穫させてもらってますわ。

なんとたくましい草刈り作業!30歳以上は若く見えます。

今年も昨年より多くとれたんやわ。親戚のトラックで孫に名古屋まで配達してもらったんやわ。その帰りまた注文をもらってなー。

恭也さんのうれしそうな声が名古屋まで届きそう。

​愛子さん、野菜作りの楽しみを教えてくださいませんか?

​自分で作る野菜は安心やもんな。子供や孫らにも新鮮で旬のもん食べてもらいたいんさ。

春野菜、夏野菜…。種を蒔き成長していくのが楽しみなんやわ。

農作業はたいへんなんやけど、この年で元気でいられるのも野菜作りのおかげやなあー。

​愛子さんのクワ使いは凄く上手で近所でも評判だったとか。育てた野菜は最高‼ 誰よりも収穫が早くてりっぱでおいしい!収穫した野菜たちも決して無駄にしない。手作りの味噌、こんにゃく、漬物、餅…。丁寧で中村家の味をしっかりと受け継いでいます。

​梅雨の晴れ間、この機会を見逃すと容赦なく伸びてくる雑草。散布機を背負ってもうすぐ咲いてくるペチュニアの花をいたわりながらの除草作業です。

わー! 飯高ばあちゃんから宝箱がとどいたよ!

今回の宝箱は、ナス・ピーマン・トマト・トウモロコシ・ゴーヤ 夏野菜がびっしりと。畑には秋ジャガイモ・​さつま芋・大根・人参・白菜・キャベツ・ネギ・落花生が次の出番を待っています。おつまみの枝豆もそろそろ食べ頃ですね。愛子さんちの野菜畑は、年中パッチワークのようだ。眺めているだけでおいしさが伝わってくる。なんなんだろうな。”飯高ばあちゃんからまた届いたよ!ありがとう、今夜はお鍋にしようね”そんな声が聞こえてきそう。

​卓上の冊子は米寿の祝いに子供たちがお父さんの人生の証としてプレゼントしてくれた[中村恭也創刊号]

​七十年近く連れ添いし妻を傍らに語る翁の目もと優しき

​お二人の穏やか笑顔は、思いやりと優しさが溢れている

​そりゃー、口でわなあー、愛してるとか好きやとか言えんけど、愛子にはほんまに感謝してるんやわ。ええ嫁さんやわ。一番やわさ。一人娘やったのにさ、兄弟が多いとこに来て大変やったと思うわ。洗濯にしても洗濯板でせんならんやろ…。洗い物が多いし時間がかかるんやわな。「もう、どこどこの嫁さんは田んぼにでとるわ」と言われて涙こぼしてたなあー。二人で旅行はようしたなあー。親には行くことをなかなか言えんのやわ。前日にようやく言うたら「なんで決まっとんのに早よ言わんのや」と怒られたわなー。まあなあ昔は農家だけやなくどこでもこんなんやったんと違いますやろか。

​愛子さん、誰にも言えずに乗り越えてきたことも、恭也さんはそっと見守ってくれていたんですね。辛かったことは近くに流れる櫛田川の清流に消えていきましたね。

​ところで最近愛車の軽トラックを見かけませんが・・・

​”ワハハハ…”豪快な声で大笑い。免許取られたんやわ。キーも隠されるし…。”ワハハ”と、また楽しそうに笑う。今年の3月更新やったんやけど、この年で運転するのも家族に心配かけるしなー、返納したんやわ。その代わりに娘二人がシルバーカーを買ってくれました。それに乗って郵便局や森本医院は自分でいけますわ。遠いところは娘が気持ちよく乗せてってくれるし、なんも不便は感じんわな。軽トラックは孫がカヌーを載せるのに丁度いいわと喜んで貰ってくれたわ。

​何事も前向きで明るい恭也さん。

自分の意志で返納されたんですね!すごい‼

同じ年の頑固で運転好きの私の父が生きていたらと思うと…。

​人との出会いは大切にせなアカン

​製材業からハマチ養殖で使うトロ箱作り、そしてトラック用のコンテナ作りと需要が少なくなってくる度に、仕事の内容も変えてきたんやわなあ。たくさんの人との出会いがありそのお陰で紹介してもらい仕事がつながってきましたんや。人とのつながり、出会いは大事にせなあかんと思いましたわ。コンテナを作って滋賀県の長浜まで15年間運びましたよ。そこの事務員さんが娘と同じくらいの年でな、4か月間しかその会社で働いてなかったけど、今でも家族ぐるみの付き合いをしてますわ。毎年バレンタインデーにはチョコレートが届くんやわ。いろんな役もさせてもろうてたくさんの人に出会ったけど、人との出会いは、ほんとに大事にせなあかんなあ…。

​そばでにこやかに頷きながら聞いている愛子さん。とてもかわいい、うれしそう。

​今まで生きてきて一番つらかった、悲しかったこと・・・

​2年前息子を亡くしたことは、人生で一番つらかったなあー。、何とも言えん悲しかったわ。いつも努力を惜しまずな、何事も独学で資格を取り、勉強家やったわ。最後まで諦めずに松阪シティマラソンにもエントリーしていてな、走ることは果たせんかったけど、ユニフォームを見る度に涙が止まらんかったわ。何事も頑張る根性は、親以上で自慢の息子やったわ。悲しいことも少しずつ乗り越えやんとあかんと頑張っているのやわ。

この年まで生きてきたらつらいことも、悲しいこともようけあったんやけど今はええ思い出やわと…、またまた大笑い。

どこまでも明るく振舞ってくれる恭也さんでした。

​<何事もやるからには一生懸命> 大好きな言葉だそうです。    

持病もなく一日一日を感謝の気持ちを持って、過ごされているお二人。

今日な、話したことはほとんどこの本に書いてあるんやわ。     

子供たちからの贈り物[中村恭也創刊号]をそっと開けてくださいました。