山の神の祭祀

毎年、1月7日が「山の神」の祭典日に決められている。前日には、頭屋(トヤ)に集まって、祭具造りをするが(この祭具造りのことを「しらくわ」と呼んでいる)山の神は女の神といわれており、原則女性はこの行事に参加出来ないコトになっている。祭具は、御神体一対(男性の裸身・女性の裸身)・男鯛・女鯛・そろばん・なた・のこぎり・かま・おの・くわ・からすき・弊・弓矢・奉納金などで、杉板に描かれたり、形作られたり、毎年新たに作られる。そしてそれらの祭具一切を目録として書いた大福帳をつくり、「右の品々、目出度申納め候也、正月七日」と記し、すべてを大きな箕に並べて頭屋が朝まで預かることになる。そして祭典当日の朝に前日から一晩水に浸けておいた白米で「白餅つき」を行い、祠の前にはった注連縄に祭具や弊をつり下げる。竹で作られた一対のみきすずや山で採ってきた榊なども飾り付けられる。こうして祭典の準備が漸く終わる。 ※ 頭屋(トヤ)とは、その年の祭祀を仕切る責任者のことで毎年持ち回りで交代する。頭屋は、作業場所の提供・食事等の接待などもしなければいけない。( 注:頭屋は当屋と表記されることもあり、また一般的には”トウヤ”と発音される )

祭具作りの材料
前夜の祭具作り
しらくわ(前日の準備)
白餅つき
斧など山仕事で使う道具
鍬など田畑で使う道具
奉納金六兆圓
みきすず
大福帳
目録
栃川大山之神氏子一同
白餅・大豆を包んだおひねり
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そして「どんど火」が焚かれ、昨年の祭具一切・お札などが火にくべられ、同時に「白餅」も焼かれる。炎が燃えさかる頃、呪文が唱え始められる。「ひとひろー ふたひろー みひろー いつひろー ななひろー じゅうさんぴろー 伊勢の銭貫目ー 熊野の大魚(おおいお)小魚(こいお)ー 大和の糸綿 伊賀の麦米ー 宮本の栃川平ー 大山の神へ、 引き寄せー えんやらやー えんやらやー えんやらやー」呪文はひとりの代表者が唱えるが、最後の「えんやらやー」の箇所は参列者全員で唱和する。引き続き全員で般若心経を唱和し、その後直会(なおらい)が行われ、御神酒や焼けた「白餅」をその場で頂きその年の無病息災を祈る。残った「白餅」は、和紙で包んで小さなおひねりを作り、用意しておいたもう一つのおひねり(大豆数粒を綿でくるみ、それをまた和紙で包んだもの)と二つセットで家に持ち帰り神棚に供える。それを各自「初買い」と称して志と共に購入する。こうして祭典は終了するが、山を下りた後再び頭屋に集まり宴会が始まる。そしてこの宴が夜を徹して行われたこともあるという。祭具は、来年の「山の神」の日までそのまま置かれる。

以上の祭祀全般を、今もほぼそのまま行っているのは、川俣地区において唯一宮本地区の「栃川大山之神」の氏子たちだけだ。その栃川においても、近年は女人禁制にしろ祭典の日取りにしろ厳格に守られているわけではない。特に頭屋(トヤ)の制度は、当番に当たる各家庭の負担が重く、現在は前日の「しらくわ」も祭典終了後の宴会も集会所で行われているようだ。ただ、「栃川大山之神」の祭典は、各地域において多少の細部の違いはあるものの、飯高地区の全域で同様の「山の神」信仰が行われていたことを十分今に伝えている。私たちはそれから自分たちが杣人の末裔であることを改めて知ることが出来る。なお、冒頭の写真は「栃川小山之神」、以下は「栃川大山之神」の写真を掲載している。