​宮本区では現在5柱の「山の神」が祀られている

​栃川大山之神

「山の神」の祠は、山への入り口に置かれることが多い。きっと今から始める山仕事の安全を願って入山して行った人たちも多いことだろう。この「栃川大山之神」の祠も林道の起点近くに建てられている。三峰山(ミウネヤマ)が遠望出来るがここからだとハッキリ3つのウネが認められる。祭祀は講の組織で運営され、決して地域住民全員が強制参加させられるわけではない。

西俣山之神

小高い丘の急斜面を登り切ったところに祠はある。祠の前は大人4~5人が立っているのが精一杯なほど狭い。少しでも後ずさりすればそのまま下の田圃まで滑り落ちそうだ。しかし「山の神」の祭典の日は、この場所でお祀りをする。といっても今は3世帯だそうだが…。当日のお供えは、御神酒・鯛・白餅で、白餅を焼き、みんなで食べ、この一年の安寧を願う。祠の内部にはご神体が祀られている。石をご神体として祀るのは、他の地域でもよく見られるものだ。

平瀬山之神

平瀬山之神の祠は、県道沿いの竹藪を抜けたところにあって、すぐそばに民家が隣接しているのが意外だったが、巨岩の前に立地が選ばれていたことには納得した。向かって左側に「愛宕権現」の祠も祀られていたが七日市とは違って、未だ習合はしていない。下段の写真は今年のものではない。今年からは、簡単な注連縄だけをはって、般若心経を唱えて、その年の五穀豊穣・無病息災をお祈りしているそうだ。偶然出会ったご婦人から聞いた、もう数十年も昔の「山の神の祭祀」時の頭屋(トヤ)の大変さが印象に残った。現在は2軒の氏子で頭屋を順番に回しているそうだ。

谷野山之神

​草むした小高い丘を、時折斜面に足を取られて転びながら暫く進むと「急に開けた原っぱに出た」というのが第一印象だった。その自生した蕨の原の奥深くにふたつの祠が鎮座していた。向かって右側が「金比羅大権現」、左側が「谷野山之神」の祠だ。以前は別々の場所にあったものをここに移したのだという。ここは確かに谷野城跡なのだが、その変遷は分からないものの、何故だか地元の人たちはこの場所を「愛宕さん」と呼んでいる。祠の中のお札には明治の年月日が記してあった。毎年1月4日にこの場所で、山の神の祭祀として、みんなで般若心経を唱えて、お餅撒きをするのが近年の習わしとなっている。

栃川小山之神

湯谷峠に向かう422号線沿いからほんの少し左に奥まった場所に「栃川小山之神」の祠はひっそりと、まるで人目を憚るように置かれていた。ほぼ道沿いにあるにもかかわらず、巨きな二つの岩陰に隠れて見えないのだ。眼下には清流湯谷川が流れている。一方の用水路を行く水もまたそれに劣らず清らかだ。奇跡のように大木の根の狭間にその祠は鎮座している。今、この「栃川小山之神」をお祀りなさっているのは、唯ひとりの氏子だ。毎年1月7日の「山の神」の日には、注連縄を新しく付け替え、御神酒と白餅をお供えしている。その氏子田口さんは、「栃川大山之神」との合祀を誘われているが、自分が元気な間はこの「小山之神」をお守りしたいと仰っているそうだ。そのお気持ちが失礼ながら分かる気がする「山の神」の佇まいだ。